個人再生の申立をする際には、清算価値保障の原則に注意する必要があります。清算価値保障の原則は、結局住宅ローン以外にいくらの返済をしなければいけないかという総弁済額に大きな影響を与えるからです。
自分には財産なんてないと思い込んでいる人でも、長年同じ会社に勤め続けている場合には、退職金を考慮する必要があります。
この記事では、まず最初に個人再生の基本的な内容について解説し、その中で退職金の取り扱いに関わる清算価値保障の原則についてご説明をします。
1.個人再生の基礎知識
1−1.個人再生とは?
個人再生とは、支払不能のおそれなどがある場合に、住宅ローンを除く債務を一定の基準で減額し、これを原則として3年(特別な事情があれば最長5年)で分割弁済する再生計画を裁判所に認めてもらい、その計画弁済を全うしたときにはその余の残債務を免除してもらう手続きです。
住宅ローンを除く債務が5,000万円以下であること、定期的な収入があることなどが条件で、自宅を手放したくない人や自己破産はしたくないという人が利用します。
1−2.小規模個人再生と給与所得者等再生
個人再生には、「小規模個人再生」と「給与所得者等再生」の2種類があります。
(1)小規模個人再生
小規模個人再生とは、「将来において継続的に又は反復して収入を得る見込みがある」債務者が申し立てることができる個人再生の手続きです。
小規模個人再生では、再生計画案について、債権者の決議(過半数の債権者の不同意がないこと)が必要となります。
(2)給与所得者等再生
給与所得者等再生とは、「給与又はこれに類する定期的な収入を得る見込みがあり、かつ、その額の変動幅が小さい」者、つまり、安定した収入が得られる見込みのある者が申し立てることができます。
給与所得者等再生では、債権者の決議なしに裁判所が再生計画を認可できることになっていますので、再生計画の認可を得ること自体は小規模個人再生に比べるとクリアしやすいと言えるでしょう。
しかし、後に述べるとおり、給与所得者等再生では、計画弁済額の最低基準に可処分所得の要件が追加されるので、最低弁済額が高額になってしまうことがあるため、注意が必要です。
給与所得者等再生の申立は小規模個人再生に比べると圧倒的に少ないのですが、この可処分所得による計画弁済額の高額化が背景事情としてあるようです。
(3)住宅ローン以外の債務はどこまで減額されるか
住宅ローン以外の債務をどこまでカットしてもらえるかについては、その債務者の総債務額や持っている財産、収入によって変わります。
①総債務額による基準
借金総額 | 返済しなければならない額 |
---|---|
100万円未満 | 当該債務額全額(減額なし) |
100万円以上で500万円未満 | 100万円 |
500万円超で1,500万円以下 | 借金総額の5分の1 |
1,500万円超で3,000万円以下 | 300万円 |
3,000万円超で5,000万円以下 | 借金総額の10分の1 |
②財産の清算価値による基準
自己破産では、自由財産以外の財産は、原則として、売却して金銭に変えた上で債権者に配当されることになります。財産を売却することを「換価」といいます。
個人再生手続きでは、財産を換価する必要はありません。しかし、多くの財産を持っている人の借金を減額し過ぎるのは、妥当ではありません。
そこで、個人再生では、財産を換価したとしたら、合計でいくらになるかという金額を算出し、再生計画による総返済額をこれよりも低い金額にすることを認めないという原則があります。これを「清算価値保障の原則」と言います。
財産を清算した場合の価値よりも再生計画に基づく総返済額の方が高くなければならないということです。
③可処分所得(収入)による基準(給与所得者等再生の場合のみ適用)
可処分所得とは、税込み収入から税金、社会保険料及び必要最低限の生活費を差し引いた残りの部分のことで、個人が自由に処分できる所得のことです。通常はこの部分が借金の返済に充てられるからです。
この可処分所得の2年分の金額よりも再生計画に基づく総返済額の方が高くなければならないとされています。
小規模個人再生の場合は、①総債務額による最低弁済基準か②財産の清算価値のうち、多い金額の方を計画返済額にしてこれを分割弁済していくことになります。
給与所得者等再生の場合は、①総債務額による最低弁済基準、②財産の清算価値、③可処分所得の2年分のうち、もっとも多い金額を計画返済額にしてこれを分割弁済していくということになります。
2.退職金の清算価値とは
上記で、個人再生における清算価値保障の原則についてお話しましたが、次は、この清算価値保障の原則と退職金の関係について説明します。
2−1.退職金の清算価値の計算方法
(1)清算価値保障の原則と退職金の関係
もし、債務者が、今仕事を辞めた場合に退職金が出るのであれば、その退職金相当額は、その債務者の財産と見なすことができます。
債権者に借金のカットという犠牲を強いておきながら、勤め上げれば退職金を満額もらえるというのは不公平であると言えます。
自己破産の場合には、原則として、破産開始決定日の日に退職したと仮定した場合に受け取れる退職金相当額の8分の1が換価可能な財産とみなされます。そのため、個人再生の場合も同様に、退職金の8分の1の金額を清算価値として計算します。
(2)退職金の「8分の1」という数字の意味
では、なぜ「8分の1」なのでしょうか?
それは、民事執行法第152条第2項により、退職金のうちの4分の3は差押禁止財産とされていることに起因しています。
例えば、借金を返せなくなった人が、民事裁判で負けて、それでも返済しなかった場合、債権者は債務者の退職金に対して強制執行することができます。
しかし、債権者が強制執行によって実際に取得できるのは、退職金の4分の1までで、残りの4分の3に対しては強制執行できないことになっています。
これは、退職金には給料の後払い的な性格があるからです。つまり、毎月勤務して給料を払ってもらっていますが、その一部は勤め先にプールされていて、そのプール金を退職の際にまとめて受け取るのだということです。
給料は、労働者の最低限度の生活を守るために(手取り額の)4分の1までしか強制執行ができません(ただし、手取り額が44万円以上の場合は、一律で手元に33万円が残ります)。そこで、給料の後払い的性格がある退職金も4分の1までしか強制執行ができないのです。
このように、本来、強制執行しても債権者が得ることができない財産を自己破産や個人再生のときに債権者に取得させる必要はありません。
自己破産や個人再生には、債権者の平等だけではなく、債務者の経済的再生という目的もあるのです。
そのため、自己破産では、強制執行可能な「4分の1」だけをまずは、換価の対象と考えます。
もっとも、自己破産や個人再生をする人は、そのときに退職するわけではありません。その後も勤め続けて、退職したときに退職金を受け取ります。
しかし、退職までの間に会社が倒産するかもしれませんし、その人が不祥事を起こして懲戒解雇され、退職金を受け取れなくなってしまうかもしれません。
そのように、退職金には不確実性があるため、自己破産では、原則として4分の1をさらに半分にした8分の1を換価相当額とする運用がなされているのです。
(3)実際の清算価値は、必ずしも退職金の「8分の1」とは限らない
ただし、退職間近な人は、無事に退職金を受け取れる可能性がかなり高いわけですから、8分の1にする必要はありません。この場合には、4分の1かこれに近い割合で計算されることになります。
さらに、個人再生認可決定時に退職金を既に受け取っていると、それは預金もしくは手元の現金となってしまっているため、全額が清算価値に含まれてしまいます。
なお、東京地裁では、退職金の8分の1相当額が20万円以下の場合、清算価値に含めない運用がなされています。このような細かい運用は、裁判所によって異なるので、自分の居住している地域の弁護士若しくは裁判所に相談してみましょう。
2−2.退職金の調べ方
今、仮に退職したら、退職金はいくらもらえるのかということは、会社に聞けば教えてくれます。
しかし、理由を言わずにそのようなことを聞けば、会社を辞めようとしているのか、会社に不満があるのかと誤解されてしまうかもしれません。
だからといって、個人再生を考えていると理由を説明すれば、多額の借金があるということがバレてしまい、ご自身の評価が下がる可能性があります。できれば会社には借金のことは知られたくないという人は多いでしょう。
そのような場合でも、会社の退職金規定を利用して、退職金の見込み額を計算することができれば、会社にバレることなく個人再生をすることが可能です。
2-3 企業年金は退職金とは大きく異なることについて
勤務先に企業年金がある場合には、退職時に企業年金もプロパーの「退職金」と合わせて一時支給されることがあるため、企業年金は「退職金」と同じに扱われるのだと誤解されることがあるかもしれません。
すでに上記で説明したとおり、「退職金」であれば、勤務中はその8分の1相当額が清算価値に含まれることになります。
しかし、企業年金は確定給付企業年金法に基づくものであることが通常であり、その場合にはその金額がいかに多額であろうとも(例えば、一時支給金が1000万円以上となることがあります)、年金である以上は「その全額が」差押禁止財産となります(確定給付企業年金法第34条)。
そのため、年金額が1000万円以上ある場合でもその全額が自由財産であり、清算価値には含まれないことになります。当事務所で扱った案件でも上記のような説明をして、裁判所の了解を得ることができました。
3.借金問題は自己判断せず弁護士に相談を
退職金は、個人再生における総返済額に影響を与える重要な財産です。退職金があると思われる人は、現在の退職金相当額とその調査方法についてよく検討する必要があります。
退職間近な人は、退職金の受け取りのタイミングも考慮しつつ、本当に個人再生が適切なのかどうかをその他の債務整理とも比較しつつ弁護士とよく相談することが必要になります。
借金に関することは、自己判断で行動せずに、債務整理に強い弁護士に一度相談しましょう。
カヤヌマ国際法律事務所は、個人再生はもちろん、任意整理・自己破産などといった借金問題解決を多数扱ってきた弁護士事務所です。借金の解決実績は大変豊富ですので、複雑な債務整理案件でもどうぞ気軽に無料相談をご利用ください。
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